蔵の外観
旧前川邸には二つの蔵がある。
天保8(1837)年創建の西の蔵と天保10(1839)年創建の東の蔵だ。
西の蔵の方は味噌蔵として、東の蔵の方は貴重品保管庫として使われていた。どちらも同時期に作り始めたのに、東の蔵の完成が2年遅れたのは、それだけ厳重に作られたということだ。
長らく非公開となっていた二つの蔵は、保存修理工事を経て、令和8(2026)年より一般公開されている。
拷問のあった東の蔵
古高俊太郎の拷問が行われた東の蔵に足を踏み入れる。入り口の扉は四重になっており、厳重である。中は驚くほどに広い。床板の一部が外れるようになっており、ここが地下の隠し金庫として利用されていたようだ。
意外と幅広で段差のある箱階段を登って、二階に上がる。一階から二階に通じる階段には引き戸がついており、ここを閉めると完全に階を分断することができる。二階の床の一部も開けられるようになっており、梁からは、一階、そして地下の金庫まで通じる荷物昇降用の荒縄が吊るしてある。
ここに元治元(1864)年6月5日の朝、長州派の薪炭商・枡屋喜右衛門こと古高俊太郎が吊るされて土方歳三らから拷問を受けた。しかし、逆さ吊りにされても古高はいっこうに口を割らない。五寸釘が打ち込まれ、蝋燭が垂らされても、彼は古高俊太郎=枡屋喜右衛門の名前しか認めなかった。(計画は、枡屋の地下倉庫から見つかった武器弾薬や書き付けによって発覚した)
酷い拷問のようだが、当時としてはこれでも序の口だったらしい。下の者にやらせてもいい仕事を副長自らがやる。殺してもいいのにそこまではやらない。古高にしても、どんなに拷問されても、計画の詳細や仲間の浪士達が集まる場所までは吐かなかった。土方と新選組、古高と過激派浪士達、どちらが正しいということはない。ただ、自分達の信念を貫いた行動だった。
拷問の行われたのは旧暦の6月5日。今で言う7月。暑い最中の出来事である。さぞかし暑かったろうと思いきや、蔵の中は意外にも、ひんやりと涼しい。蔵の窓を開けると、網目越しに八木邸がよく見える。
文久3(1863)年9月の芹沢鴨暗殺の日には、土方らはこの土蔵の二階から八木邸を見張っており、芹沢一派が島原からの帰還し、部屋の明かりが消えるのを見届けてから八木邸に討ち入ったという。
新選組史に残るドラマを生んだ蔵は、今なお当時の姿を留め、大切に保存されている。
※東の蔵は土日祝日に公開しております。見学案内はページ下部をご覧ください。
西の蔵(ショップ)
西の蔵は味噌蔵として建てられた土蔵である。
東の蔵のように新選組にまつわる具体的な逸話は伝わっていないが、創建時期はほぼ同じであり、屯所となっていた当時、新選組隊士たちも利用していた建物であったと考えられる。
これまで関係者以外が立ち入る機会はほとんどなかったが、令和8(2026)年、保存修理工事の完了に伴い初めて公開されることとなった。
現在は売店として活用されており、新選組や旧前川邸に関する書籍・記念品・オリジナルグッズなどを販売している。
見学のご案内
東の蔵・西の蔵および母屋の土間は土・日・祝のみ公開しております。
- 東の蔵東の蔵内部の見学には入蔵料が必要です。
入蔵いただいた方には入蔵記念朱印をお渡ししております。
| 大人 | 1,000円 |
|---|---|
| 大学生 | 800円 |
| 中高生 | 700円 |
| 小学生 | 500円 |
- 公開日土曜日・日曜日・祝日
- 見学時間10:00〜16:30(17:00閉門)
- ※12:00〜12:30は昼休みのため入蔵いただけません
- ※ガイドによるご案内がございます
- ※ご予約は不要です
- 西の蔵・母屋土間
無料でご見学いただけます。
西の蔵では新選組に関する書籍や旧前川邸オリジナルグッズなどを販売しております。
- 見学および営業時間10:00〜16:30(17:00閉門)